

理事長先生インタビュー
地域医療の交差点を支える「日吉たには会」について
このページに訪問いただきまして、ありがとうございます!
人事担当者が、社会福祉法人日吉たには会の理事長先生にインタビューをおこないました。
理事長の目線から、日吉たには会についてお話ししていただきました。
訪れた方の当法人への理解が、少しでも深まれば嬉しく思います。

◆理事長に着任するまで
-それでは理事長先生、インタビューよろしくお願いします。
まずは日吉たには会の理事長に就任するまでの話を伺いたく思います。
僕は医師として勤務しておりましたが、「はぎの里」の前の施設長が、私の大学の先輩でした。
この先生は腸を悪くして化学療法の最中だった時の話なんですけど、ちょうどそのときに僕も病を患っていまして、治療をしているときにその先生がお見舞いに来てくれました。
「中村君、がんばれよ」
なんて言っていて、先輩の先生も大変な状況なのに、はるかに元気な風で僕のほうが危ないような感じだったんですけどね。
しかし、後に先輩の先生は亡くなられてしまい、他に行く人もいないというので、急遽引き継ぐ者が必要ということになり、その時にここに来ることにしました。
僕も病気の際に膀胱を全部とってしまったので、ストーマという人工膀胱を取り付けて生活しています。
老健はぎの里に入っておられる方にも近いようなところがあるので、その不便さや気持ちが自分のことのように分かります。
僕は年寄りで障がいを持つ者でありますから、ここに入っておられる皆さんと同じ目線で役に立てることもあるのではないかと思って、これが今の私の原点になっていますね。

-そのような想いがあって着任されたのですね。
はぎの里に来て、どのようなことを感じたのでしょうか。
はぎの里は、この地域でお困りの人たちを一手に受け止められるように、特養、老健、グループホーム、ケアハウスといった入所施設に、デイや訪問介護などの居宅介護支援と順次開設して、幅広く網羅しています。
中でも老健は医者もいれば看護師もいるし、リハビリの人や介護職の人もいて、何でもできるやろうという風になっているんですよ。
なので、僕は交差点のようなところと思っています。
病院で治療を受けた方がこちらに来たかと思えば、少し体調が悪くなったので、また病院に行ったり、特養に入ったり、家に帰った後また来られるという具合ですね。
だから、交差点のようにいろんな人が毎日行き交うところ。
ここで勤務する人は、そういう意味で毎日変化しますから大変な面もありますが、学びも多いのではないかと思いますね。
-なるほど、地域の医療・福祉において、とても大きな役割を担っている実感がわいてきました。
◆日吉たには会の成り立ちと、受け継がれたもの
-理事長の立場から、社会福祉法人日吉たには会のことを教えていただきたいです。
日吉たには会は、もう30年になりますね。
1990年代に、これから日本は高齢化が進むけど、2025年には大変なレベルに到達するから、それまでにこの地域を支える施設をつくろうということで、行政と一緒に初代理事長が始めました。
今、となりに座っている事務長は開設当初からおりますので、もう30年勤続しています。
-30年ひとすじ! それはすごいですね。

開設当初からいるスタッフは、他にも数名おりますね。
あと、新卒で入職して10年、20年と勤続しているスタッフも複数名います。地域に根づいて勤続する職員が多いのは、当法人の一つの文化かなと思います。
この地域は田舎なので特にそうだと思っていますが、病院から家に帰るのがなかなか難しいという人は多いです。家に帰ろうとしてもご高齢の夫婦だったり、一人暮らしだったりで、行くところに困ってしまうんですね。
それを受け止めきろうと思ったら、特養も老健もグループホームも必要やなということで増えていきました。
-やはり地域を支えるためにという理念が芯となっていますね。
そうですね。この前も事業継続化計画を作成して実行したんですけど、
これは、はぎの里が災害等で電気やガスがこなくなったとしても、生活環境をおとさずに数日間過ごせるようにするものです。
これまでは一時的な発電機しかなかったんですけど、それだと生活の維持が難しい。そこで発電や空調をガスタンクを使ってやれるように計画して、設備を変えていきました。前に熊本地震があって、高齢者施設に入居している人が大変な目にあったということがありましたので、そういうときでも生活環境を維持できるようにしました。
-そうだったんですね、入居されている方が安心して生活できる、素晴らしい取組ですね。
そこまでやり切る。そもそも法人の始まりが “地域のために” という想いでやってきたので、それを脈々と受け継ぎながら、理念を掲げるだけではなくて着々と実施してきたということは、言えると思います。
法人の名前も「日吉たには会」となっておりますが、これは、この辺全体のことを昔ながらの呼び方で「たには」といったことが理由であると聞きました。「はぎの里」も萩の花が咲いていた地域だったということで、地域に根ざす法人であることを表す名だと思っています。
-いろんな想いが詰まっていて、いいですね。

◆職員へのメッセージ
-今回のインタビューは、はぎの里の職員や、将来職員になるかもしれない人が読むと思います。
何かメッセージをお願いできますか。
職員は今200人ぐらいいますけども、この地元の南丹市と、亀岡市が大半。あとは京丹波町ぐらいでほぼ全部となりますが、京都市内や福知山、綾部、舞鶴からもおります。
はぎの里は、田舎のほうにありますんで、自然豊かで環境がとてもいいですね。鹿も毎日会いますし。
そしてこれは強く感じることですが、ご利用されている方はほとんどがこの近隣にお住まいで、この地域の人たちは本当に温厚な方が多い。とにかく穏やかですね。
僕はこの風土がとても好きなんですけど、支援が必要になってきたけどまだまだ自分でできることも多い…という人はケアハウスに入ってもらって、寝たきりになってしまっても特養があってという具合に、この地域の人が住み慣れた土地を離れずとも済むように、コツコツと日吉たには会の施設を運営していけたらと思ってます。
職員の皆さんについては、日々の仕事が大変やとは思いますが、ご利用者さんやその家族など、地域の人が何を思っておられるんかっていうところに触れていけたらなあと思ってます。
もちろん、介護や看護やリハビリなどそれぞれの技術をしっかりとやっていくんですけど、それとあわせてご利用者さんとか地域の方とかの声を聞けるというか、拾い上げていくというか。
これができたら自分たちの仕事の力になっていくので、そうあってくれればなあと思っております。
-それ、いいですね。今回私も複数名の職員インタビューを通して、そういった感覚をもっている職員も複数いて、何か誇りや仕事のやり甲斐をもっているなあと感じました。
今回は地域のことや法人の成り立ちまで、いろいろとお話しいただきありがとうございます。
私も、みんなにこのインタビューを届けられるのが今から楽しみです。ありがとうございました。

